cosayaのひとコト観察日記

基本はお仕事日記。cosayaの周りにいる特筆すべき人、事柄を綴ります。

演劇の沼地

今週のお題「私の沼」

 

高校演劇から初めて大学生、社会人になっても続けて15年ほどやってました。

所属した劇団の拠点を離れても、長距離バスにのって毎週通い稽古、なんてこともありました。

 

ある時、通うくらいなら拠点のある土地へ、と引っ越した。

公演が決まったら前後何か月かはプライベートがほとんど演劇で埋まる。

 

マチュア劇団は基本、すべてを自分たちで調達するので、

俳優として出演する以外にも告知、宣伝、チケット製作、DM発送、

会場押さえ、スケジュール立て、、稽古を進める傍ら、制作作業も進める。

 

 

芝居人はよく「打ち上げで飲む一杯のビールのためにやっている」なんてふざけて言うけど、あながち冗談ではない。

利害関係のない他人が純粋なる一つの目的のために無償で協力する。

協力が目的ではなく、ただ「いい舞台をつくること」のために。

どんな形であれ幕はあき完遂するので、いろんな想いが混じった打ち上げの一杯は堪えられないものがある。

 

いつからか、自分が演劇に求めるものが何だったのかわからなくなっていた。

 

「舞台に立つのが楽しい 」「みんなと創ることが楽しい」

「苦しいことを乗り越えてハマったときが楽しい」

うん、確かに楽しい。何かしら成長もできる。

けれどもそれは今、本当にやりたいことなのか・・?

 

自問し始めたら止まらなくなった。ちょうど15年目の春くらい。

やりたい欲求はある、けど、それは今なのか・・?と。

自分の時間を消費して行うこの活動は、効果はどのくらいあるのか?と。

 

でも急にやめるなんてできなかった。

いや、やめると言い出せなかった、が正しい。

自分のことなのに決断できなかった。

 

劇団仲間とのつながりは濃く太く、制作作業なんかも少人数でまわしていたので

自分が抜けたらどうなる?という₍勝手な₎不安があった。

それに15年やってきた自分に対して、簡単にやめるなんて言えなかった。

それはもう「沼」のように、足首から膝くらいまでどっぷりと浸かっていた。

 

仕事で本社への異動話がでたのをきっかけにして、

ようやく私は演劇を「休む」ことを決めた。

ちょっと精神的に思いつめてもいたので、一時離れる必要があったと思う。

 

離れてから直後は、演劇に触れたくなかった。

劇団と連絡することも、どこかの公演を観に行くこともしなかった。

それまでの反動みたいに、触れたらまた戻りたくなってしまうんじゃないかと怖かった部分もある。

 

こうなった原因はいくつかあるけど、

私の演劇をやることへの姿勢の取り方が、よくなかったんだと思う。

”芸の道は修羅の道”に対して覚悟が足りなかった。

演劇活動に対して依存意識があった。

すがりつくから見返りがないと消沈する。

自分に自信がなく、周りばかりがよく見える。

それでもやるか、という分岐点で足が止まったのだ。

 

お題で”沼”という言葉を見て、まさにコレだ、と思ったのでした。

 

いつかまた演劇をやる日が来るかもしれない。

今度は沼地だとは思わないでいたい。